城郭の中に入った私は、あまりの人の多さに思わず足を止めた。こんな場所、普通ならば天地がひっくり返ろうとも行かない場所だ、私がここにいることは似つかわしくない……というか私がこの都市に似つかわしくなさすぎる。
　惨憺たる気持ちでため息を吐き、足は慣れた暗がりを探して路地裏へと向いてしまう、行商なら目抜き通りの方が盛況だし認可をとった場所もあるのだが、どうにもそこで商いをするには気が引けた。
　裏路地のどこかでひっそりと売れる場所はないだろうか、と辺りを見回すのに夢中になっていたせいか、後ろから走ってくる気配に全く気づかなかった。
「わっ！」
　高い声と白い塊がぶつかって私の足元に転がり落ちる、どうやら布地を抱えた少年のようだった。
「す、すみません！ 急いでいたもので……」
　そう言って顔お上げた少年の紫の目は、ローブのフードが外れた私に釘付けになった。
「い、いえ……お気になさらず」
　しまった、と思いフードを目深く被り直す、おそらく顔を縦断するように走った縫い目に目を留めたのだろう。これが嫌だったから人気のない裏路地を選んだというのに……。
「その……あのっ、それ、よく見せてくれませんか！」
　少年が私の顔を指差す、それに顔をしかめて、私は視線を外した。
「……お断りします」
「あ、あああすみませんご婦人に向かってなんてことを……！」
　やっと不躾なことに気づいたのだろう、少年が慌てて頭を下げる。私はとっととこの場を離れたかった。
「では、これで」
　踵を返した私のローブを、少年が掴んだ。
「あの……お願いします、お金払いますから……そのローブをよく見せて下さい」
「……は？」
「だって！」
　そう言って少年は暑く語りだした、この模様はどうだの刺繍するにはどうだの、どうやら顔に驚いたわけではなかったらしい、と内心で胸を撫で下ろした。
「……というわけでしてね！ これが市場に出れば二万…いや、五万くらいはいってもおかしくないような代物ですよ！ あなた、一体これをどこで……？」
「……私の作ったものですが。そんなにこれが珍しいなら、差し上げます。変わりに被れるものさえいただければ……」
　彼の持っていた布を指差し言うと、少年は目をむいた。
「そ、そんな！ こんな布では到底つりあいませんよ！」
「やはりそんなに高価でしたか……わずかですが路銀のあまりがありますから、足りなければ……」
「そっちじゃありません！ あなたの布につりあわないというんです！ 自分の作ったものの価値を理解できないだなんて……！」
「はあ……」
　そう言われても困る、私はここに布を売るためにやってきたわけではなかったのだ。
「と、とにかく僕の家へ！ よろしければ……ですけれど」
　おずおずと切り出した少年を見て、少し考えて頷いた、どの道こんな大都市で何日も宿を取るだけ私が物を売れるとは思えなかったのだ。


「改めまして、僕はトバイアスと申します。あなたは…」
「アデルと申します」
「アデルさんは、一体何をしにここへ？ というか、この技術はどこから…」
「それは……私は、沼地領の西からやってきたのですが……」
「沼地領というと、あのー……」
「はい、ド田舎です、私の住む村では、一年中きのこが生え数多の虫が生息する、沼地の村の中でも特にじめじめしたところでして」
「と、いうと、もしかして、魔法もその土地の加護を？」
　この世界で魔法使いとして生まれたからには、何らかの願望が必要であるのだが、田舎や古くからある土地では、土地の加護を受け、それをアイデンティティとして根付いている魔法使いが少なくない。
「はい、うちの一族は代々、蜘蛛や百足が"得意"な家系でして」
　少年が少し顔をしかめる、まあ、田舎物の虫の魔法使いに対する反応はそんなものだろう。
「私はその中でも蜘蛛の糸を紡いで織り込むような魔法を得手としていたのですが……その……」
「その？」
「本来は布に糸を縫いこんだりするところを……人の体でやってみたくなりましてね」
「……」
「この傷も手ごろなざいりょ…相手がいなかったもので自前で…縫い痕が66を超えたところで当家総領から勘当されてしまいまして、せっかくだから死体にでも触れられる職は都にないものかと……」
　目の前の少年は絶句している。そこらにネクロフィリアもどきが歩いてるとは思わなかったのだろうか。
「……でも」
「……？」
「それでも！ あなたの技術は誇るべきです！ いいでしょう、こうなったら僕の持てる人脈を尽くして働き口を探してあげますよ」
「…………」
一体彼の情熱はどこから来るのだろうか。


「人形作り、ですか」
「はい！ といっても僕が作るのは主に人形の服ですけどね、だから綺麗な縫製や刺繍に目がなくって……」
「それで、あの刺繍を？」
「この街のこっちの業界には詳しいんですよ、あなたは間違いなく、この街でも五本の指に入るくらいの技術があります、この僕の目にかけて保障します！」
「はあ……」
「……やる気ないですね、どれくらいすごいか自覚ないんですか？」
「ありません、私は人の肌が縫えればそれで十分なので」
　少年は肩を落とした。

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