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 病院に併設された中庭を望むカフェテリアは、まだ日が高いというのに無人だった。Dr.Sはカウンターの高い椅子に座りながら中庭の景色を眺めていた。後ろから、軍靴の硬い音が響いて人の気配を知らせた。
「こんなところにいたのですか」
「うん。ねぇ中尉、あの場所には何が植わっていたんだっけ」
 中尉はDr.Sの指差した先のかつての景色を思い出した。
「確か……糸杉だったような」
「ああ、そうだった、糸杉。確か何とかいう画家が描いていたよね、自殺したやつ」
「ゴッホでしょうか」
「それそれ。昔院長から自慢気に聞かされたんだよ、患者のメンタル面にも気を配るとかなんとか……」
「しかし……糸杉は死の象徴の木であったはずですが」
「知ってる、笑っちゃうよねー。まあ、今の景色よりは患者のメンタルとやらにはまだ効きそうだけれど」
「同感です」
 二人の視線の先には、木と呼ぶには禍々しい生物が根を張っていた。植物の成長と人体の壊死を高速で繰り返す枝をもつ生きた木が、血を滴らせ血管や神経細胞のような枝葉を痙攣させ、その根本では腐肉とも土ともつかない物が煮え立ち泡を吹いている。
「ここも博士が?」
「いや、昨日見つけたばかり……サンプルが欲しいな」
 中尉はわずかに身を竦ませた、中庭のテラス席に融着した怪物共の足は、地面の泥に含まれる毒か酸によって骨が見えるまで溶けている。
「しかしこのような地面では流石に…」
「特殊作業用の長靴が病院倉庫にあったね」
「…………ええ、ありましたが」
「じゃ、とりあえずあの巨大な生命体と地面のサンプルお願いね、容器はいつもの所にあるから、よろしく」
 Dr.Sが鼻歌を歌いながら己の研究室に向かう姿を見送り、中尉はため息をついて倉庫のある病棟へ向かった。

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